真の神は唯一、その名は 主イエス・キリスト

世の中には 数多くの宗教があり、多くの神々が 存在して居るようですが、聖書の教える神様は「唯一神」です。

 

イザヤ書43章10節には「私より前に造られた神はなく、私より後にもない」とありますが、おなじ イザヤ書45章には 「私の他に神はない」と5回も断言なさるお方は いったい何方でしょうか。旧約聖書の初めの書、創世記1章1節に 「初めに神は天と地を創造された」とありますので 「天と地を創造された方が神様ですよ」と言うことになります。では、神様はどのようにして天地を創造なされたのでしょうか。創世記1章2節には、創造の由来が書かれておりますが、神様はトラクターを使って海や川を造られたとか、ダンプカーで石や土を運んで山をつくられたとも書いてありません。また海や川を造る係の神、山を造る係、木を植える係の神様と多くの神々が協力して造ったとも書かれておりません。故に「初めに神は天と地を造られた」と言うことは、お一人で造られたと言うことです。では お一人でどのようにして造られたのかと 聖書の次を読んでみますと 「言」を用いて総ての物を お造りになられたと記されてあります。

 

さて、ここで「言」を用いなさる神様とは いったい何方でしょうか、ヨハネによる福音書の1章1節に「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」とあります。つまり 「言なる神」と言うことになります。そして 「総ての物は この方によって出来た。出来た物の中一つとして この方によらないで出来た物はなかった」ど言明されております。と言うことは、創世記1章1節にある神様も、ヨハネによる福音書1章1節にある神様も同一の神様と言うことが判明します。更にヨハネによる福音書1章11節を見ますと、この方が世に来た、また 世に居た、とあって、ご自分が造った世に来たのに世の人々は この方が造り主であることを知らないので、この方を受け入れなかった、(つまり、信じなかった)とありますが、しかし 「その名を信じた者には、神の子となる能力を与えられた」とあります。さて、今度はその名、即ち神様の「名」を知ると言うことが重要なことであります。そこで この方は自分が造った世に来た、世に居た、とありますので、聖書を調べてみましょう。まず、イザヤ書7章14節をみますと「見よ乙女がみごもって男の子を産む、その名はインマヌエルと唱えらる」とあります。

 

この預言者イザヤは 紀元前800年程も昔の方ですので この預言がなされてから800年経ってインマヌエルが誕生したと言うことです。そのことは、マタイによる福音書1章に明記されてあります。

 

つまり男の子が産まれる、その名はインマヌエルと呼ばれる、とあって、その子をイエスと名付けたとあります。(インマヌエルとイエスは同意義です)。また同じイザヤ書9章6節には「ひとりの男の子が生まれる」とあって、 「その名は霊妙なる義士 (驚くべき指導者)、大能の神、永遠の父、平和の君、と唱えられる」とあります。「神は唯一」と言うことが判っておれば、この男の子として 生まれた方は2番目の神ではなくて、「唯一の神」が人間として この世に生まれた方と言うことが信じられるでしょう。一方イエス様の誕生のことを マタイによる福音書2章で調べて見ますと 東から来た博士達は、ユダヤ人の王(平和の君)としてお生まれになった方は、何処におられますか、と尋ねております。

 

また、ヨハネによる福音書の4章には サマリヤの井戸の傍らで ひとりの女性どお話をなされた模様が記されております。そこで この女性が 「私たちは、キリストと呼ばれるメシヤが来られることを知っております」と話すと、「あなたと話をして居る私が、それである」と答えて、ご自分がキリストであることを言明しておられます。また「われらの主は唯一の神なり」と教えられたイエス様が、ヨハネによる福音書20章では、一弟子のトマスが、イエス様に 「わが主わが神」と言った時、「私は神ではありませんよ」とは言われないで、「あなたは 見て信ずることか出来たが、見ないで信じる者は幸いですよ」と言われております。

 

悪の霊もイエス様が キリストであることを知っている。また、神は唯一であることも知っているとルカによる福音書4章と、ヤコブ書2章には記されております。

真の神は唯一、その名は 主イエス・キリスト

アーメン